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感想【愛を知らない】難しい子でも愛したかった。毒親でも愛して欲しかった。

一木けいの2作目、「愛を知らない」
高校の合唱コンクールを舞台に、母娘の凄まじい愛の歪みを描く。

目次

高校の合唱コンクール。
綱渡りのような”奇跡”が起こる

高校二年生の合唱コンクール。
クラスのスター的存在でソロを歌う”ヤマオ“は、
パートナーに問題児”橙子”を指名する。

ヤマオは金髪・長身で男気のある、
誰もが一目置く存在だ。

ヒルネ
ヒルネ
橙子は運動会も当日ドタキャンしたし、
合唱のソロなんて無理だろう。
ヤマオはなぜ橙子を指名したんだろう?

ピアノ担当の僕”涼”は、
橙子の親戚だから知っているけど

橙子は昔から粗暴で嘘つきな子どもだった。
そんな橙子にひどい仕打ちをされても、
母親”芳子さん”は大らかに育てていた。
僕にとって、芳子さんは憧れの叔母さんだ。

橙子は当初は反抗的だったが、
練習を進めるにつれ
指揮者の青木さんや僕とも次第に打ち解けていく。

ただ、橙子には不可解な行動が多かった。
合唱のソロを歌うこと、
みんなで放課後に練習をしていることを
自分の母親には絶対秘密にして欲しい。
それが橙子の譲れない条件だった。

ところが偶然が重なり、
橙子の秘密が母親芳子さんに知られてしまう。
それをきっかけに、
僕らは橙子の抱えていた秘密を知ることになる。

それから彼女は学校に姿をみせなくなる。
先生はコンクールにも出られないという。

それでも僕らはコンクール当日、
橙子を待っていた。

若く力強い魂を持ちながらも、
まだ何の力も持たない僕ら。
ただ待つだけしかできない。
胸がひりひりする青春小説。

親子の愛が歪むと、息ができなくなる

この小説のテーマは
「親子の愛が歪んでしまったとき、
未来に向けて生きのこる道を探す」
だ。

語り手の僕”涼”は、虐待される橙子を助けしたいが、
悲しいかな、見守ることしかできない。

思い詰めた涼は、合唱コンクール直前に
ピアノを弾けなくなる。

涼は、ピアノ教室の冬香先生に質問する。

「怖いくらい誰かに追いつめられた経験はありますか」

先生は「ある」と即答する。
具体的ではないけれど、自分の経験を話してくれる。

「別の引き出しにしまえばいいと思ったの」

ヒルネ
ヒルネ
別の引き出し?

「別の引き出し」というイメージを抱くことで
心理的に別れるのだ。

「その人のそばにいると息ができないから。」

愛が歪んで追いつめられた時、
体も心も窒息してしまう。

冬香先生は、追いつめた相手のことを好きだとも言う。

 「それで、その人のすべてを、
わたしの中の引き出しに分けることにしたの。
たしかに大事にしてもらった。
愛をもらった。守ってもらった。
つらいときに優しくしてくれた

追いつめた相手を愛してた。
でも、自分のこころを生かすために別れる時が来る。

「恩にも、時効はあっていいと思うのよ」

冬香先生の言葉が生きのこるための道だった。

わたしには
愛されたかった橙子の悲しみも、
愛したいのに虐待してしまう母の狂気も
どちらも胸に迫る。
どちらも自分に起こりそうで分かるのだ。

一木けいは「愛を知らない」で
歪んだ愛で窒息しそうになったとき、
子どもが生きのこる道を示している。
それは同じような境遇にいる人へのエールだ。

思い返せば、デビュー作「1ミリの後悔もない、はずがない」も
困難な人生を乗り越えるための短編集だった。
私は作家自身の傷をえぐりながら、
発信しているように思えた。

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器の大きい”ヤマオ”に惚れそうです

「愛を知らない」の登場人物はそれぞれ魅力にあふれている。
ピュアなピアノ伴奏者”涼”の目線で
人物を濁りのない眼差しで見ている。

傷ついた野良猫みたいな橙子も
どす黒い悲しみを抱える母・芳子も
血が通っている。

中でも、カリスマ性のある”ヤマオ”が
リアルでありながら、カッコよすぎる。
ヤマオは人の痛みを分かち合い、
行動することで救おうとする。
高校生でこれなら、大人になったら
どんなイイ男になるんだろう。

「1ミリの後悔もない、はずがない」の桐原も
しびれるくらいイイ男だった。

一木けいの描く「男子」は、
わたしの理想です。

ABOUT ME
ヒルネ
ただいまセミリタイア中。 やりかったことをすることで、自分のこれからを模索中。 カゴ編み、ひとりめしを研究中。おばあちゃん犬のシズカと暮らしてます。

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