目次
植本一子の日記。
日常生活から「闇」が見えてくる
よその家の日常生活に興味がある。
よその家族がどうやって
暮らしてるのか、覗き見したい。
「かなわない」は
写真家”植本一子”が綴った家族の日記だ。
日記は夫・ラッパーのECD(石田さん)
と女の子2人の暮らしを淡々と描いていく。
日記エッセイはダラダラしがち。
退屈するかもと読み始めたら
ぐいぐい引きこまれる。
植本一子さん、写真が本業といいつつ、
息をすって吐くように文章が自然だ。
すぅ・・・って感じで
植本さんのペースに引きこまれる。
読みやすい文章と裏腹に
ヘビーな内容にノックアウトそう。
- 子育てがつらい・子供が時々憎くなる
- 夫以外に「好きな彼=恋人」ができた
- 離婚したいのに、夫にサラッと拒否される
- 恋人と揉めて別れる
- 実の母親と絶縁する
- 夫の弟が割腹自殺する
- 夫の腸に穴が開き、末期癌が発見される
- 夫の闘病生活
- 夫の死
- 夫の死後、新しい恋人と一緒に暮らす ←今ココ
読後はファンとアンチにパキッと分かれる。
自分のモラルを試される、
リトマス試験紙みたいな本だ。
「きれいごとじゃない感情がいい」
という共感者がいる一方、
「自分中心すぎる」「人間性を疑う」
という拒絶反応も多い。
どちらにしろ、ファンもアンチも引きつけるエネルギーがある。
だからこそ「かなわない」から、
「家族最後の日」「降伏の記録」「台風一過」と続きが出版されたのだろう。
読んでしまうんだなー
自分の内部の隠しておきたいエゴをさらけ出して書く。
植本さんの日記を読むとドキッとする(>_<)
シングルで子供ナシのわたしも
自分だったらどうする?と想像しながら
シリーズを全部読みきった。
2019年に読んだ本の中でベスト1だと思う。
良い意味でも悪い意味でも
心をぐらぐらと揺さぶられるから。
わたしは植本さんのファンだけど、
日記を読みながらモヤッイラッとする。
彼女の正直なところは美点だけど、
「人として勝手すぎ」とか
「相手を傷つけすぎ」とは思う。
友だちだったら「ありえない」とブチ切れそう。
そう思いつつ、
「自己中で黒い負の気持ち」は
自分にもある。
自分の黒い感情・勝手さを
そのまま認めて生きる。
ぶつかり合いながら、
助けてくれる人と出会い
希望と共に生きていく。
それが彼女のポリシーなのかな。
そのせいか、周囲の人が彼女を支える友情に
胸が温かくなる。
黒い気持ちも、
温かい気持ちも
どちらも必要なんだ。
そう気付かせてくれる。
「かなわない」
育児放棄スレスレの危うさ。夫の他に常に恋人がいた。
2011年から2014年までの家族の日記。
震災直後、不安を抱きながらの生活。
子供に対する愛情と疎ましさ。
自分の世界で羽ばたきたいのに
生活にしばられる葛藤。
子育てを支えてくれる夫に
感謝しつつもイラつく日々。
そんな中、日記が急に楽しそうになる。
日記の暮らしの外で、
彼女は新しい恋愛をしていた。
夜遅く恋人の部屋に行き、
お風呂に入って、夜中に帰る。
次の日の朝は、子供を保育園に送っていく。
生々しい・・・。
恋して弾む気持ち。
夫には言っていないが、
周囲の友人にはオープンにしていたらしい。
そんなことが進行していたとは・・(^^;)
エッセイ「かなわない」では、
「好きな人がいるから離婚して欲しい」と告げる。
その頃には、恋人とは上手くいっていなかった。
それでも「籍を抜くだけでいい。
同居して子育ては続けたい。
でも離婚したい」とお願いする。
この身勝手な妻の申し出に対して、
夫・石田さんの返事が
ある意味すごい。
「籍を抜いたって、結婚していた事実は
変わらないんだし、
変わると思ってた周りが何も変わらなくて、
多分一番自分が傷つくと思うよ。」
24歳年上の余裕なのか、
不倫を責めるとか、恋人と別れろとは言わない。
ただ、離婚=解決ではないと諭すのだ。
「そうやって自分が結婚を決めたことを否定することで
自分を否定して、安易な近道みたいなことしてたら
絶対後悔するよ。それに、僕のことが嫌いなのはかまわないけど、
離婚にこだわるのって、なんか違うことが原因なんじゃないの?」
そう言われて、植本さんは自分の気持ちに気付く。
私は離婚という形をとることで、
彼にまだなんとか振り向いてもらおうとしているのだった。
・・・
私はまだ彼のことが好きだった。
はぁ・・・。
心の闇が深い。
結局離婚の話は立ち消えになり、
植本さんは恋人と別れる。
最後に彼の家に行って、別れを告げた様子も
「誰そ彼」というエッセイで綴られる。
覗き見みたいだった
淡々と無造作に・・・描きつつ、
生々しい別れを描いている。
すごい日記読んじゃったな・・・と
思ったけれど、甘かった。
まだまだ続きがすごかった。
「家族最後の日」
実母と絶縁/夫が末期癌になっていた
家族最後の日では、大きな事件が起こる。
この本は2篇のエッセイと
日記で構成されている。
- 「母の場合」・・・母と絶縁する
- 「義弟の場合」・・・義弟が割腹自殺する
- 「夫の場合」・・・・・夫の腸に穴が空き、末期癌であると分かる
母との絶縁
母との絶縁は突然だった。
広島の実家への帰省時、
子供たちにキツい言葉を放った母に切れ、
その日の晩に実家を去る。
その後実家に帰らないのはもちろん、
母からのメールも無視だ。
一方的に絶縁している。
母は激怒させた理由がよく分からず、メールを度々送ってくる。
(母も謝罪のメールは送ってこない。母も強情だ。
ある意味似たもの親子だよねな。)
難しい性格の母親というのは
文章から伝わるが、
なんで絶縁になるのか、
肝心な気持ちは
読者には分からない。
幼いころからの積もりに積もった
恨みが爆発したようだ。
母親に自分と向き合って欲しかった。
振り向いて、自分を見て欲しかった。
それなのに、ずっと無視された。
その恨みが限界を超えた。
ここまで母親とこじれるのは
正直しんどい。
読んでいる自分も辛かった。
他人の目線でみると、
お母さんは一子さんに過剰な愛情はあるのに
絶望的にかみ合わない。
母親も孤独で自分が嫌い。
子供に向き合えないのだ。
一子さんもこどもの心のまま
他人の愛情を求め続けている。
”愛情くれくれオバケ”だ。
我が子を可愛がりながらも、
自分がもらえなかった愛情を
もらえる我が子を妬んでいる。
こんがらがった愛情が重い。
後の本では相変わらず
実家に帰らないが、
たまにメールに返信したり・・・
わずかに変化がみられる。
時間が少しずつ解決してくれるかもしれない。
夫の末期癌が発覚した
夫の体調が悪く、病院を受診したら
「腸に穴が開いている」と診断される。
さらに詳しい検査を受けると、
大腸癌・食道癌が判明する。
転移もあり、ステージ3の末期癌だった。
余命は短くて3ヵ月、長くて8ヵ月と告げられる。
この後の夫婦の会話がぶっとんでいる。
ショックを受けて、笑いながら話す。
よし、これをネタに稼ごう!
急に明るい気分になってわたしが言う。
死ぬ前に一花咲かせよう!と笑い、
石田さんもツイッターに癌告知されたと書くと言い出した。
「ツイッターに書いたらすぐに広まるから、仕事が増えるかもね」
「ベストアルバム作らないとな。
あ、次来るときにこれまでのアルバム持ってきて」
ラッパーと写真家夫婦はたくましいというか、
最期に家族にお金を遺したい気持ちに
舵を切ったのか。
その続きもすごい。
「石田さん死んだら、シングルマザーじゃん」
「あー、次の人探さないとね」
夫は死後の「誰か次の人」を想像している。
1人でいられない妻のことを理解している。
(しかも実際次の人が現れた。)
器が大きいのか、妻の恋に興味がないのか。
不思議な会話をしながら、
2人は前向きでもある。
癌を手術し、抗癌剤も使用し、
こどものためにできるだけ長く生きようとする。
ここで家族最期の日はページが終わる。
降伏の記録
夫の末期癌と並行しながらの暮らし
「わたしの他者たち」家族+友人で暮らしを回す
石田さんが退院すると嬉しいけれど、
暮らしのペースが乱れてイラッときてしまう。
1人になりたいと思う。
(この描写は身内の闘病の時に同じことを思った。
正直な心情はまさにその通りだ。)
石田さんが吐き続けたり、
うめき声が止らないと、
死んでいく夫を見つめるのが怖い。
彼女は「子育て」は家族だけじゃなく、
周囲の他者に助けられて
成り立つと思うようになる。
それが「わたしの他者たち」の意味だろうか。
降伏の記録で、心の闇を絞りだす
前半が闘病中の家族の暮らしだとすれば、
後半の「降伏の記録」は
心の奥底に隠れていた「黒い感情」だ。
抱えていくことができず、
黒い感情をエッセイに書き出し、
死にゆく夫に読ませてしまう。
石田さんは隣にいるが、向いているのは家族の方ではない。
自分が一番なりたくなかった両親の像をなぞっている。
父は無関心で、いつでも自分のことが一番だった。
母はそんな父に苛立ち、周りに当たり散らしていた。
まるでそのままな自分たち夫婦の状況に気づき、愕然とする。
石田さんの反応は?
相手が傷つくような文章をぶつけたが、
石田さんはまともに取り合わない。
体調の悪い時に書いた文章で、
病気の僕と健康なお父さんを
重ねるのは間違ってると思うよ、と。
石田さんに対しては、尊敬の裏側に
向き合ってもらえないことから発生する
憎しみの感情があることに気づいていた。
まともに向き合って怒ったり、
悲しんだりしてくれないことに
一子さんはガッカリする。
結婚する前も後にも「好きな人が他にいても」
石田さんは怒らない。
ショックもうけてくれない。
一子さんは自由に恋愛できたが、
それは彼女が求めたことではなかった。
ではなぜ石田さんと結婚したのか。
一子さんは自分の心の暗闇を掘り下げて、
書いていく。
常に恋愛をしていないと不安な自分。
不安であればあるほど人を求めた。
それは今でも変わらない。
それはつまり相手のことを好きなわけではないのだ。
自分の寂しさや不安を埋めるための相手であり、
そんなのは相手を愛するとは言えない。
そして、石田さんと結婚した時にも別の彼がいた。
長女の出産後も石田さん公認で3人で付き合っていた。
Nとは二人目を妊娠したのを機に別れた。
一人目の娘が十ヶ月になるときに、二人目を妊娠してしまったのだ。
彼にとっては、わたしと石田さんがセックスしていたことがショックだったのだろう。
一子さん、相当な恋愛くれくれオバケだったみたい。
ここまで自分を掘り下げて(文章で晒して)
さらに深い思いにたどりつく。
なぜ石田さんと結婚したのか。
どうして結婚したのかと聞かれれば、
親から自立したかったと答えている。
そのために選んだ人は、すでに一人で自立している人だった。
一人でいるから誰かを必要としているわけではない
ということには気づかなかった。
母から離れるための結婚だった。
すべては”母への失望”が根っこにあるのだ。
母との断絶をエッセイに書いたのも
母に読んで欲しかったのだ。
それでも、肝心の母からは感想が届かない。
根底には、心から大事にされていると
思ったことががないという気持ちがあった。
石田さんにもお母さんにもお父さんにも
大事にされていると思ったことがない。
多くの人に大事に思われているのに、
心は満たされない。
自分の欲しいものが分からずに結婚し、
自分に向き合えない10年だったと締めくくる。
むき出しで、傷だらけの日記。
これを読んで、石田さんは何を思ったのだろう。
それはここには書かれていない。
台風一過
夫の死後、家族の暮らしはこう変わる。
石田さんが亡くなってから、1週間後から日記が始まる。
新しい家族スタイルへ
友だち夫婦に毎日
こどもを預かってもらい、
仕事に向かう。
家族以外の人も一緒に過ごすことで、
都会の家族になるのだ。
新しい彼氏「ミツ」が現れる
そして、いつの間にか
年下の彼氏「ミツ」が一緒に住んでいる。
自分のなかの恋愛くれくれオバケを自覚しつつ、
始まった新しい恋。
こどもたちは戸惑いつつも、
ミツになつき、
新しい家族スタイルになっていく。
これからどうなっていくんだろう。
数年後、彼女はどうしているのか。
彼女の日記をまた読みたい。
はげしい日記ならこちらも負けてない。