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【感想】「命・魂・生・声」四部作 「柳美里」の泥沼に引きずりこまれる。

目次

妊娠が分かったとき、昔の恋人の癌も分かった。
生と死が同時進行で進む物語。

「柳美里」がずっと気になっていた。

「命・四部作」の表紙が美しかったから。
(撮影は篠山紀信。)

狂気っぽい美しさの柳美里と
あどけない表情の男の子。
この母子は、これからどうやって生きていくのか、
と想像が膨らむ写真だ。

「命」は2000年当時「前代未聞の問題作」とベストセラーになった。

興味はありつつも、読んだら柳美里の怨念が移ってきそうで、
読む気になれなかった。

2019年、やっと読みはじめた。

SWITCHインタビュー 柳美里×栗林慧(昆虫写真家)で、
昆虫について楽しそうに語る柳美里を見て、
昔の柳美里を知りたくなった。

「命」四部作のあらすじ

妻のある男性と不倫関係にあった柳美里は
ある日妊娠していることに気づく。
授かった命を産むべきか、堕ろすのか・・・。

そんな時、かつての恋人であり、師匠でもある
劇作家「東由多加(ひがしゆたか)」の食道癌が発見される。

余命8ヵ月と宣告された東は
柳美里に産むことを強く薦める。
こどもが2歳になるまでは絶対に生きのびると誓い、
自分と一緒に育てようと誘う。

出産・育児と同時並行で
地獄の苦しみを伴う抗癌剤治療が始まる。

消えゆく命をつなぎとめようとする闘病と、
命の誕生という正反対の人間ドラマを生々しく書いている。

不倫相手との赤裸々なやりとり、
東由多加がのたうちまわる姿など
生々しい記録が綴られている。
(怒濤の日々の中で、小説用に記録を残している彼女の作家魂が凄い。)

読みながら心配になるのは
不都合なヤバい事実をそのまま書いていること。
(だからこそベストセラーになったのだろうけど)

ヒルネ
ヒルネ
不倫相手の名前は伏せているけれど、
ここまで事実を書けば、文筆業界ではバレてるはず。

不倫相手の奥さんにもバレたんじゃないだろうか・・・。

柳美里は容赦しない。

相手にも容赦しない。
自分にも容赦しない。

過去に東氏の赤ちゃんを
産もうとしたが堕胎せざるをえなかったこと、
飼い猫を自分で2匹捨てたこと、
母や妹との凄まじい喧嘩など、
生々しく書いている。

ここまで書いていいのかなと心配になる。

「自分の隠しておきたい事実を
包み隠さず、そのまま書く」

腹のすわり方が無頼である。

東由多加のことばは鋭い

柳美里は16歳で、東由多加の劇団「東京キッドブラザーズ」に入団し、
東氏と出会う。
当時39歳の東由多加と恋愛関係になり、
16歳から10年以上ずっと同棲していた。

東氏は、同棲生活の間に戯曲や文章を書くことを強く薦めた。
作家「柳美里」をうみだしたのは東氏なのだ。

東氏と柳美里は、常にずっと会話していたらしい。
演劇・文章・生き方、話しても話しても
会話が途切れることがなかった。

3番目の作品「生」のなかでの会話が
元恋人同士で師弟関係間ならではの辛辣さがある。
思わず何度も読み返す。

「わたしは初対面のひとはだめ。シャットアウトしてるから。」

「ちがう。あなたはひとに親切にされることを
待ちかまえているんだよ。
」と東がからだを起こした。

・・・・・
「親切にされるのを待ちかまえているっていうのは、だれに対しても?」

「基本的にさ、ひとりで生きられないと思うんだよ。」

「そう思う。みんなわたしのことをひとりでもだいじょうぶだと
思っているけど、実際はいちばんだめなタイプ。
だれか、いないと、ぜったいに、無理・・・」

「だから、そのだれかをさ、普通、ひとは選ぶんだよ。
ところがあなたは待ち受けているわけで。」

「待ち受けてる?」

親切にしてくれるひとを、自分に話しかけて・・・
東の話は咳で中断した。

ヒルネ
ヒルネ
親切にしてくれる人を待ち受けてる・・

ああ、なんか分かる。

幽霊のような美人が
じーっと親切な男を待っている。
一度付き合うと、死ぬまで離れられない。

離れよう、離れようと思っても
底なし沼に沈んでいくおそろしさ。
一緒に沈む絶望感が心地よい。

こんな会話まで書き留めて、
自分の嫌なところまで
さらけだす同時進行の私小説。

こんなの書かれたら、
生半可な文章じゃ
太刀打ちできないな。

「命」を削って書いた「命」四部作。

50歳近くなって読んで、うけとめられた。

若い頃に読んだら、反発する気持ちが強すぎて
うけとめられなかっただろうな。

「命」は今は絶版ですが、
柳美里自選作品集で、読めるらしい。

柳美里のその後

命四部作は、東氏の死去・葬儀で終わる。

その後、柳美里はシングルマザーとして
子育てをしながら、うつ病を発症する。
児童虐待疑惑をもたれたり、
原稿料の未払いで貧困生活に陥るなど
苦しい作家人生を送る。

転機になったのは、福島・南相馬への移住。
現在は、「フルハウス」という書店を運営。

(2011年東日本大震災をきっかけに、
福島に通いはじめ、本を通した支援を
思いついたそうだ。)

現在の柳美里は、幽霊ではない。

穏やかな顔になってる。

そう思います。

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柳美里の文章が好きな人は、
イ・ランも好きだと思う。

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ヒルネ
ただいまセミリタイア中。 やりかったことをすることで、自分のこれからを模索中。 カゴ編み、ひとりめしを研究中。おばあちゃん犬のシズカと暮らしてます。

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