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フランス文学
最近「三つ編み」を読みました。
フランスの現代小説って、面白い。
フランスの現代小説をAmazonで検索してると、
こちらの本をお薦めされた。
なぜなら、フランス文学はずっと「個人」の追究をしてきたから。
今の日本は「個人」単位の社会となり
いろいろな問題が表面化してきたが
フランス文学にその答えがある。
いまこそ、フランス文学が役に立つのだ。
そう主張するのは、鹿島茂先生。
わたしでも何となく知っている
有名なフランス文学者。
彼がフランス文学初心者に向けて
解説してくれる。
専門家が時代背景からひもといて
現代の課題に合せて
解析するのは面白そうだ
対象作品は、17世紀から20世紀の文学まで。
有名な小説に加え、
あえてマイナーな小説もラインナップされている。
あらすじ+鑑賞のポイントで、
新しい視点で読める
フランス文学って、
男女の恋愛をダラダラと
愚痴る小説のイメージだった。
(なんでだろう?)
でも、鹿島先生が時代背景から
プロ視点で解説してくれると
新しい視点が開ける。
改めて興味を感じた小説はこちら。
- マノン・レスコー
- カルメン
- にんじん
- 失われた時を求めて
- シェリ
- 恐るべき子どもたち
- プティ・フランス(星の王子さま)
- 日々の泡
- 消しゴム
鹿島先生の解説で、
面白かった視点を書き留めてみる。
「マノンレスコー」
純愛と売春は矛盾しない
小説を読んだとき理解できなかった
マノンの思考回路がよく分かった
だから、マノンは売春がバレても
悪びれずに堂々としてたんだ。
納得である。
「カルメン」
密輸団のマネジャーとして自立した女
少年少女向けのストーリーを読んだときは
そう思っていたけれど、
鹿島先生の分析はこうだ。
カルメンは「密輸団のマネージャー」を天職と思い
仕事に生きがいを持っていた。
だからドン・ホセを誘惑したのも愛ではない。
密輸団のマネージャーとしてのハニートラップだった。
カルメンは自立した強い女の先駆けだった。
カルメンはドン・ホセの「体は頑丈で美男子」という
見てくれのよさとその反対の「弱い心」に惚れたのです。
これもまた目から鱗が落ちた。
子ども心にもカルメンが
ドン・ホセをネチネチいたぶってると思ってた。
ホセがうじうじ虐められているのは
SMプレイだったのか!
ドSをやりすぎて、
殺されちゃったカルメンだったのだ・・・。
「にんじん」
フランスにも毒親がいた
なぜ実の親なのにルビック夫人は
姉2人を可愛がるのに、
にんじんだけを執拗に苛めるのか。
にんじんは子ども心に傷つき、
自殺未遂までおこす。
今の時代になると、
日本でも「毒親」は珍しい存在ではない。
1894年にすでに
フランスでは「毒親」が記録されていた。
時代を先取りしていた「にんじん」を
今の視点で読んだら
新たな発見がありそうだ。
「失われた時を求めて」
夢の論理で書かれた小説らしい
とりとめのないストーリーの上に
こみいった文章がウネウネと続き
難攻不落と言われる
「失われた時を求めて」
最後まで読み通す人っているんだろうか?
わたしはチャレンジしたことがない。
鹿島先生の解説は
はっきり言い切ってる。
夢のように構成されている小説。
辻褄のあわないことがたくさんあるが、
これをすべて「夢の中の覚醒」と捉えて読めば
一挙に解決につきます。
プルーストは「夢の論理」をつかって
「記憶」という特殊な能力を与えられた
人間の喜びと哀しみをリアルに表現しようとした。
夢の中の小説、
「記憶」の喜びと哀しみという視点で
とらえれば、うだうだした話も
読み通せるだろうか。
とはいえ・・・
まずは鹿島先生の
この本で準備体操をしようかな。
「シェリ」
49歳の美魔女レアは
若い恋人と潔く別れられる?
息子のような若い男を教育し、
「シェリ(愛しい人)」と呼び
慈しんできたが
彼に有利な結婚話が持ち込まれる。
彼に未練はある。
でも彼のためにも、自分の誇りのためにも
潔く別れたい。
レアはどうやって落とし前をつけるのか。
ラストをすっかり忘れている。
レアの年齢を過ぎた今、
もう一度読み直したら
切なくて泣けるかもしれない。
「恐るべき子どもたち」
フランスの早すぎる引きこもり小説だった
「恐るべき子どもたち」は
萩尾望都の漫画で読みました。
美しい絵がコクトーのストーリーを
生き生きと描いていた。
子供部屋を舞台に
子どもたちが大人になりたくなくて
子供部屋に引きこもるストーリーだった。
鹿島先生は子供部屋を「オタク部屋」と解釈。
通常なら成長して社会に出て行くが
彼らはずっと「引きこもり」続ける。
彼らはいつまで子供部屋に
とどまれるのだろうか・・・。
「プティ・フランス(星の王子さま)」
キツネの「飼い馴らす」発言に注目すべし
わたしには物語も言葉使いも
哲学的すぎて、ちんぷんかんぷんだった。
わがままな薔薇、ひとりぼっちの王様、
うぬぼれ屋、酒飲み、実業家、ガス灯の点灯夫、地理学者・・・
誰と1人として「星の王子さま」と仲良くなることはない。
地球に降りて、王子さまは「キツネ」と出逢う。
鹿島先生はキツネのセリフが鍵だと言う。
君がボクを飼い馴らすなら、
ぼくたちはお互いに必要な相手となる。
君はボクにとってこの世でひとりだけの人間になる。
ボクは君にとって、この世で一匹だけのキツネに・・・
飼い慣らすって、どんな意味だろう。
単純な意味は「粗野なもの・内気なものを手なずける」だけど
キツネの言う意味はもう少し深いと鹿島先生は解説する。
「飼い馴らす」とは、「同一空間・同一時間に、あえて言葉を交さずに
一緒にいること」らしい。
友情も恋愛も「飼い馴らす」ステップから
生まれてくる。
それであの有名なキツネのセリフにつながるわけか。
大切なものは目には見えないんだ。
まずは目に見えない「飼い馴らす」関係が始まりなのだ。
もう一度「星の王子さま」を
読み返してみようかな。
「日々の泡」
睡蓮の花が肺に咲く奇病は何を象徴するのか
コランとクロエという美しい男女が出会い、恋に落ちる。
幸せな結婚をしたはずが、
クロエは肺に睡蓮のつぼみが咲く奇病にかかる。
悶絶する苦しみだ
治療方法は
睡蓮を上回る大量の花々を
クロエの周囲に飾ること。
資産家のコランは治療の花に
財産を使い果たし、
慣れない労働をはじめるが
苦労もむなしく
クロエは奇病で死んでしまう。
はじめて読んだときは、
肺に睡蓮の花が咲いたり、
ウナギが水道から出てきたり、
言葉を話すハツカネズミが出てきたり
奇妙で美しい物語に惹きつけられた。
青春は短い。
ラストは、ハツカネズミが自らを
猫に食わせて自殺をしたんだった。
あれはなぜだったんだろう?
「消しゴム」
60年前、当時最先端の刑事小説らしい
「死体がない殺人事件」を追う刑事の物語。
刑事が死体を探しているうちに、
最後にあっと驚く結末が用意されている。
ナレーションの時制が直説法現在だったり、
客観的事実描写しかなかったり、
語り手の転換だったりが
当時としてセンセーショナルな小説だったらしい。
今読むと、「読みにくい」という人もいれば
「意外と読みやすく、面白い」と感じる人と分かれるらしい。
それを確かめるために
読んでみたいんだよね。