山崎ナオコーラの小説で、一番好き。
有名な「人のセックスを笑うな」より、
「ニキの屈辱」が好きだ。
甘すぎて、痛い恋愛小説。
ふと読み返したくなる。
恋愛中の会話が甘ったるすぎて、
「ウギャー」と赤面する。
夢が醒めた後、あの時間は取り戻せないけれど
「当時の写真」には愛がそのまま写っていた。
カメラマン同士の恋愛は
読み返すたびに甘くて痛い。
目次
女性写真家とアシスタントの恋
あらすじ(ネタバレあり)
オレ『加賀美和臣』は、憧れの写真家『村岡ニキ』のアシスタントに採用された。
『ニキ」は153センチの華奢な女性写真家。
代表作は「車と人間」
無機質でハードな写真が得意だ。
そして「女の子」という言葉が嫌い。
だから可愛い顔なのにいつもスッピンだ。
オレは大柄な男だけど、物腰が柔らか。
女性をたてるのが得意だ。
一歳年下の『ニキ』は
オレにだけ撮影現場で絶えず命令口調。
それでも2人だけになると、
『ニキ』は不安をオレにだけ打ち明ける。
若くして急激に売れた不安、
女の子だから軽く扱われる不安。
『ニキ』の本音を聴くうちに、
オレはだんだん彼女を好きになる。
それでも、オレは師弟関係を保っていたけれど、
ふとしたことでキスをして
『ニキ』とつきあうことになる。
恋人の『ニキ』は仕事の時とは別人だ。
恋愛経験の少ない『ニキ』は
正直に甘い言葉を囁いてくれる。
可愛いしかない。
それなのに『ニキ』は友だちの前でも
オレを彼氏とは紹介してくれない。
アシスタント扱いだ。
『ニキ』は自分は恋愛できるような人間じゃないから
友だちにも知られたくないと言う。
彼女は異常にシャイなのだ。
オレは納得しながらも、さびしい。
恋人関係になってから、
プライベートでオレは『ニキ』の日常を撮るようになる。
あるとき、オレは光が醸し出す”世界の不思議”を撮影する。
それからオレは”光を撮る愉しさ”にのめり込む。
そのうち『ニキ』は2ヵ月海外出張へ。
オレは日本で待っている間、
自分名義の仕事が増えた。
アシスタントをする時間がなくなり、
会う時間も減っていく。
オレは彼女に会って、
恋愛感情がなくなったことを告げるのだが・・・・。
それ、やったらいけないヤツだ。
その後全く会わなくなったが、
ある事情で『ニキ』と会う必要があった。
待ち合わせに現れた彼女は
オレの知らない『ニキ』だった。
いつもスッピンでジーンズだったのに。
下手な化粧に可愛いスカートをはいて
オレに好かれようと一生懸命なニキだった。
凄く好き。
ここで『ニキ』は涙を流し、
「屈辱」という言葉を放つ。
屈辱なんて滅多に耳にしない言葉だけど、
コテンパンに打ちのめされた『ニキ』の心情そのままだ。
屈辱を認めた以上、
ここから彼女の雪辱は始まるのだ。
彼氏目線で語られる
「ニキの屈辱」は全編『加賀美』の目線からの描写だ。
プロフェッショナルな写真家の『ニキ』
ウブで自分の気持ちを甘く囁く『ニキ』
”ツンデレ”な愛情がダダ漏れで
可愛いしかない。
ツンデレの美猫のような『ニキ』
加賀美の目線で彼女を見つめるうちに
読者も『ニキ』に恋をする。
いつまでもこの恋が続けばいいと思う。
対等な彼氏になりたかった
「ニキの屈辱」は「格差恋愛」がテーマなんだろうか。
「格差恋愛」とも微妙に違う気がする。
対等に出会って、対等に終わる関係だったら
この恋は生まれなかっただろう。
関係が上下に揺れるところに
どきどきを強く感じてしまうのだ。
『加賀美』は『ニキ』の写真に惚れている。
ここが原点だ。
尊敬する『ニキ』だから
信頼されたいし、命令されるのも嬉しい。
自分に愚痴をこぼしてくれるのも嬉しい。
仕事とプライベートで
上下に揺れる関係にエロさを感じながらも、
それだけじゃ物足りなくなる。
加賀美は「オス」として支配したいタイプではない。
自分が成長して「対等な彼氏」になりたかった。
彼女を支えるだけじゃなく、
一緒に並んで歩く存在になりたかった。
加賀美が写真家として
成長しはじめたとき
『ニキ』は彼の成長を認めない。
一緒に喜んでくれないのだ。
『ニキ』は加賀美の写真の良さが分からなかったのか。
嫉妬していたのか。
目が曇っていたのか。
『ニキ』は自分のスランプで目一杯だった。
『ニキ』の痛恨の失敗だ。
カメラマンにとって、作品は自分の分身だ。
自分の作品を無視する『ニキ』に彼の心は醒めていく。
自分は一緒に並んで、写真を撮っていきたかった。
『ニキ』はカメラマンの自分に興味がないと悟ってしまう。
振られた『ニキ』の変貌が痛々しい
別れを切り出されたとき、
ニキは加賀美の手をとって、
自分の二の腕に当てる。
それはセックスしようという2人だけのサインだった。
拒む加賀美に「最後の思い出にしよう」と強がりながら、
セックスでつなぎ止めたかったのが透けてみえる。
それでも2人は別れてしまう。
別れて一年が経った。
加賀美はある目的で『ニキ』を食事に誘う。
新たに出版する写真集に、
恋人だった『ニキ』を撮った写真を使いたい。
モデルとなった『ニキ』のOKが欲しいのだ。
『ニキ』は「自分の顔なんてきもち悪い」と渋るが
加賀美の写真を見ると、ダラダラと涙を流す。
加賀美の写真には、ニキへの愛情が柔らかな光に包まれて写っていた。
過去の愛情だけど。
「私、加賀美さんは、私のことを有名な写真家だから好きなんだと思ってた。
ぶすだし、性格も悪いのに、彼女にしてくれたのは、写真家だからだ。」「ちゃんと好かれてたんだ。私、人間だったんだ」
涙でマスカラは剥げおち、スッピンの『ニキ』に戻る。
表紙の写真は、泣いた後の『ニキ』のイメージだろう。
(写真は少女を撮ったらピカイチの川島小鳥だ。)
凹んでるけど、意志の強い眼差しだ。
『ニキ』は言葉を続ける。
「私は、もう写真を撮らない」
「加賀美さんの方が、私よりいい写真を撮るようになったから。下克上だ」
「屈辱だ。カノッサの屈辱だ」
加賀美の写真への最大級の賛辞を与えつつ、
「カノッサの屈辱」を持ち出すあたりが、
『ニキ』の負けん気の強さが出る。
カノッサの屈辱という比喩が分かりにくいけど、
要するに「屈辱を認めるけど、反撃するぞ」という意味だ。
「写真を撮らない」なんて嘘っぱちで、
『ニキ』は写真で反撃するはずだ。
愛されてたと知った『ニキ』はどんな写真を撮るのだろう。
甘くて痛い恋愛はもう戻らない。
いつか『ニキ』は立ち上がる。
ニキの写真をみて、加賀美は何を思うのだろう。